素晴らしい一年になりますように経営者としての成績表2008年版

一隅を照らす

今年の年末年始は京都で過ごしています。京都の冬は寒いので覚悟してきたのですが、暖かい日が続いています。

初日は金閣寺龍安寺、仁和寺に行ってきました。

金閣寺に行くのは久しぶり。もともとあまり好きな場所ではなかったのですが、時々テレビで見る冬の金閣寺が美しくて、密かに楽しみにしていました。

さあ門をくぐって、金閣寺さん、久しぶり!と見つめてみたのですが、う〜ん、やっぱりだめ! どうもただの金箔のお寺にしか見えない。
まだ修行が足りないのかな。また10年後にきてみることにします。

気分を入れ替えて、次は大好きな龍安寺へ向かいました。
ところが年末のせいか、こちらも訪問客でごった返し。石庭よりも、石庭に群がる人のほうに神経がいってしまって、枯山水を見ていても悲しいほど落ち着かず、何もメッセージが湧いてきませんでした(涙)

私に煩悩が多すぎるのかな? そんな反省をしながら初日終了。

二日目は、建仁寺にある俵屋宗達の「風神雷神図」(のレプリカ)を最終目的地に、知恩院と八坂神社を抜けていくことにしました。

知恩院にたどり着く手前で、ふと目に入ったのが青蓮院門跡(しょうれんいん もんぜき)」という文字。なんかインスピレーションを感じて足を踏み入れてみることにしました。

すると、そこには素晴らしい空間があったのです。

鮮やかな色彩で描かれた華頂殿(かちょうでん)の蓮のふすま絵。境内とその眼前に広がる日本庭園の絶景。冬のぴりっとした空気の中で、庭園を見ながらお抹茶をいただくと、やっと、仕事のことがつい気になってしまう忙しない状態から解き放たれて、少し穏やかな気持ちが戻ってきました。

 私は焦りすぎていたかもしれないなぁ

そんな心境になって境内を歩いていると、屏風にかかれている言葉に目がとまりました。

 「国寶(こくほう)とは何物ぞ 寶(たから)とは、道心なり
  道心ある人を名づけて国寶と為す
  故に古人の言はく 径寸十枚 これ国寶に非ず
  一隅を照らす これ則ち国寶也と」

国の宝とはどんなものだろうか? それは金銀財宝ではなく、自分自身が置かれた環境において最善を尽くし、世の中のために行動できる人。それが国にとっての宝だ、という解説がついていました。「一隅」とは、自分がおかれている環境や立場をさす言葉だそうです。

「一隅を照らす」

なんとも素敵な言葉じゃないですか!
四隅じゃないところがまた気に入りました。
そうか、一隅で十分だ。

うん、これで来年も頑張ります。

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