JALの再建報道をみて
2009/09/18 01:19 Category : 日記 ![]()
今回の出張は珍しくJALを使った。窓際の席だったのでぼんやり空を眺めると、雲の上に日本の国旗を連想させる赤い翼が見えた。小学生時代をアブダビで過ごしたこともあり、両親と一緒に中近東やヨーロッパ、アフリカなどかなり色々な国を訪れる機会があった。海外の空港で、エールフランス、アメリカン、KLMなどの中に、JALの鶴マークのジャンボジェット機を見つけると、「あ、こんなところでも日本の会社は頑張っているんだな」と子供心にとっても誇らしく感じていたことを思い出した。
JALの経営危機を指摘するニュースは今までにも何度も目にした記憶がある。パイロットを中心とした高コスト体質の問題だったり、小説にもなっているけれど、社内政治の弊害が蔓延して本業の企業力強化に目がいかない問題だったり。
それでも私も含めてどこかでみんなが「どうにかなる」と思っていたような気がする。日本の航空政策を担うフラッグ・キャリアだから国が助けるんだろうな、とか、国内線は儲かっているんだからちょっと赤字路線をやめれば経営基盤は改善するんでしょう、とか。JALの社員も、自分は自分に与えられた仕事をちゃんとやっているんだし、改革なんて自分には関係ないと考えていたのかもしれない。そしてこの「なんとかなるんじゃないか」という問題意識の弱さこそが、大きな変革への推進力を弱まらせ、今回の存続の危機にまで至らしめたような気がしている。
改めて、変わることのリスクと変わらないことのリスクについて考えさせられた。日本人は変わることを恐れる気持ちが強いと思う。変化をリスクと考える思考。特に大企業や官僚の人たちと話をしているとそう感じることが多い。新しいことを提案すると「でも何が起こるかわからないリスクがあるから」と言って及び腰になってしまう。
でもね、それは当たり前のことでしょと私は思っている。だって生きるということ自体が、未知のリスクと対峙することでもあるんだから。明日、地震があるかもしれない。金融危機が起こって株価だって暴落する。もっと身近なことで考えれば、取引先が潰れるかもしれないし、逆に素晴らしい仲間との出会いもあるかもしれない。
そう、人間には未来は完全には予測できない。
だから何が起こるかわからないことを恐れていたら、何にもできないよ。でもだからといって変化しないということは、外界から取り残され、今回のJALのように少しずつ死に至る道なんだと思う。
変わる時には、痛みが伴うときもある。不安にもなるし、孤独にもなるかもしれない。でも外界にさらされて痛みを感じながらも、その状況にあわせて自分を変化させることは、筋肉痛になりながらもカラダを動かし続け、余分なぜい肉をそぎ落とした、敏捷で抵抗力のあるカラダをつくることになるに違いない。しなやかなカラダ。
私は断然に変わることのリスクを受け入れて生きていきたい。しっかりと目を開いて現実をみて、仲間と一緒に風の中を前進していきたいと強く思った。
感傷的になっていたら、飛行機の中でNHKニュースが流れ始め、「鳩山新内閣発足」について報道していた。ああ、日本国もやっと「変化する道」を選べたのだなと思った。どこまで政策レベルで改善できるかはわからない。保守派もそう簡単に変化を受け入れてはくれないだろうから。でも改革は壊すことからしか始まらないらしい。文化大革命みたいに。
新しい内閣によって古い体制の悪しき慣習が少しでも破壊されて、新しい日本の姿が見えてきたらいいなと、JALの翼を見ながら思った。



















