ネコバスにのったよ
2009/10/15 07:46 Category : 日記 ![]()
この数ヶ月、毎週京都に出張しています。会社全体をちゃんと見られるように個別プロジェクトに関わることは控えているのですが、今回ばかりはそういっていられない、難易度が高く野望の大きなプロジェクトなのです。
さて、京都に行って東京との違いを実感するのが、タクシーの運転手さんとの会話。というのも、どうも私は京都の運転手さんに目を付けられやすいタイプのようで、毎回、何らかの形で絡まれるからです。いくつか例を挙げてみましょう。
「A社に行ってください。三条と御池のあたりだったかな?」
「三条と御池は並行や。そんなことも知らんのか。あんた京都人やありまへんな(怒)」
あるいはタクシーの中で一緒に行っていた仲間に「ねえ、祇園祭りってどんなお祭りなの?」と聞いたらそれを聞きつけた運転手さん、
「そんなことも知らんで京都へきてはんのか。
京都でビジネスする資格があらへん(怒怒)」
「すみません、一万円札しかないんですが」
「はよ言わんかい。途中でくずしてきてもらわんと困る」
などなど。「日本人としての常識や教養」のない私は宇宙人のような存在に映るようで、運転手さんの神経を逆なでしてしまうのです。
ということで怯えがちになっていた先週の話。
私と川上くんで「青不動明王が1000年に一度のご開帳らしいよ」
「でも前回ご開帳された1000年前の歴史なんて残っているのかな?」
なんて会話をしていたら、すかさずタクシーの運転手が
「物事を10年や50年といった短いスパンで捉えたらあきまへん。
ビジネスも100年たってやっと一人前や。
京都では100年続いた会社だけ、「さん」づけで呼びます。
島津さん(島津製作所)、オムロンさん、任天堂さんです。
京セラやロームはまだ「さん」づけでは呼びません。
最新技術でうまくいっても、それだけでは長続きしない。
本当に社会のためになるビジネスを
やっていないと100年は続きません。
100年たってやっと一人前ですわ」
と言うのです。なるほど、おっしゃるとおりです。ロフトワークもいつか「ろふとわーくさん」って呼ばれたい、と思ってしまいました。
その後も、いろんな話を聞かせてもらったのですが、最後に運転手さんが
「人間は本来、性悪説ですわ。妬み、ひがみ、恨み、つらみ、そういったものをちょっとずつもっています。その度が過ぎると手が後ろにまわりますが、完璧を求めてすぎてもいきません。少しずつ譲り合って助け合っていかないといけないのです。」
と言うのです。
今までも何回か「あなたは性善説ですか?性悪説ですか?」という議論をしたことありますが、どっちかって聞かれてもなぁと思っていました。でも、この言葉はストンと心の中に落ちました。そうだよね。きれいごと言い過ぎても現実と乖離する。私たち人間は、少しずつそういう気持ちももっているものと考えると、揺るぎない優しさとか寛容が生まれるんだなと思いました。
たった20分の移動でしたが、まるで狐につままれたような、不思議な感覚が残っていました。
「私が乗っていたのって本当にタクシーだったのかな?
いや、ネコバスだったんじゃないかな」
忙しすぎて人への思いやりとか寛容さを失っている私に、ちゃんと「人」をみて生きていきなさいよ、って教えてくれる神様からのお使いのネコバスだったに違いない。そう思いました。


















