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Column コラム

法とデザイン 日本における意匠制度の見直し

Chiaki Hayashi

代表取締役
林 千晶

 

「意匠法の見直しに、委員として関わってくれませんか」

特許庁の山田さんから声をかけられた時、「私が?意匠法?」とびっくりしたのをよく覚えています。法の見直しなんて、自分にはちっとも関係ないと思っていたから。

「法律には明るくないので…」とお断りしたところ、山田さんは言いました。「意匠法という、デザインに関わる法律をどうするかの議論です。ポイントになるのは、デジタルのインターフェースデザインをどう捉えるか。法律の専門家としてではなく、デザインを生業としている人にちゃんと関わってもらいたいのです」。

確かに‥。言われてみればその通りなのですが‥。専門的な議論についていけるのか、自分がどう貢献できるのか、大きな不安を抱えつつ、委員を受けることにしました。それが3年前のこと。それから審議を重ね、2015年末に委員会の承認も受け、今春から新しい審査基準が適用されることになります。

毎回の資料の読み込みや、特許庁のみなさんのサポートのおかげで、意匠法や知的財産への理解はずいぶん深まりました。また、今回の制度見直しの重要性も、自分なりに語れるようになりました。

でも同時に、違和感を感じるようになりました。デザインに携わる私たちの大切な成果に関わるルールなのに、ほとんどの人が知らないし、法律家の仕事だと思っている。それはまるで、3年前の自分のよう。

もちろん、意匠法を覚える必要はないけれど、自分たちが生み出しているものは、社会にどんな価値として認められるのか。その原点になるのが法律。そうであれば、なんとかクリエイティブの人たちと、法律をつなげられないか。

そんな問題意識が発端で、今回のコラムを書きました。意匠審査基準の変更がなぜ実施され、どんな変化が生まれるのか。デザインに関わる人に、少しでもわかりやすくなるよう、解説してみました。

ウンウン唸りながらまとめてみたものの、読み返してみると、残念なくらいわかりづらいし、楽しくもない‥涙。困ったものです。それでも伝えたいのです。大切なことだから、一人でも多くの人の目に触れることを祈っています。

物のデザイン、デジタルのデザイン

デジタルのデザインは、物のデザインと同じように価値を持つか。デジタルの世界で仕事をしている人は「そりゃ、当たり前」と思うでしょう。でも、残念ながら法律の世界では、その常識は簡単にはあてはまらないようです。

工業デザインを知的財産として保護する「意匠法」を見ると、「第二条  この法律で「意匠」とは、物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であつて、視覚を通じて美感を起こさせるものをいう。」と明確に定義されています。

物(意匠法の用語で「物品」といいます)の形状は、意匠権で保護することができます。でも、インターフェースなどのデジタルのデザイン(「画像デザイン」といいます)は、単体では意匠権の対象外。なぜなら、物ではないからです。

現行意匠法が制定されたのは昭和34年。デジタルなんて影も形もない時代だから、デジタルのデザインが単体では意匠権の対象外になるのも当たり前。その後、何回か改正されているものの、「物品」を対象とする原則は変わっていません。

一方、現在の私たちは、かなりの時間をデジタルなものに時間を割いて生きています(私は携帯とコンピュータがなかったら心許なくて生きていけません…)。デジタル領域におけるデザインの重要性は増しており、意匠法はその領域をカバーするべきではないかと、国際的に議論が重ねられてきました。

背景には、同じ知的財産法に分類される、人の思想や感情の創作的な表現を保護する「著作権法」と、物品のデザインを保護する「意匠法」が、それぞれ何をどのように保護するのか、という法律同士の棲み分けの問題もあります。

日本でも特許庁の知的財産分科会意匠制度小委員会にて、2011年12月から審議されてきました。そして昨年12月、4年にわたる議論を経て方針が決まり、2016年4月1日から新しい審査基準が適用されることになりました。

私も2013年から意匠制度小委員会、そして意匠審査制度ワーキンググループの委員として議論に加わってきました。意匠デザインという領域で、ルールはどうアップデートされたのか。デザインに関わる人に知っておいてほしいことを整理してみました。

突き詰めると、私たちの活動の大元を規定しているのが「法」。だから、いくら堅苦しくても、無関係ではないのです。

物からデジタルへの移行、法はどう受けとめる

ーー法改正か、解釈のアップデートか

今回の意匠制度見直しの議論のポイントは、画像デザインの権利を物品に依存せずに認められるかどうか。

それが認められると、クラウドサービスを含めて、デジタルのインターフェースデザインが意匠登録の対象となります。ただ、それには意匠法の改正が必要になります。ヨーロッパはいち早く、「グラフィカル・ユーザー・インターフェース」という概念を作り、保護対象として認めるよう、制度を更新しています(参考:特許庁「諸外国の画像デザイン保護の現状」)。

■Point■
画像デザインを物品に依存せず、単体として意匠登録の対象にするには、意匠法改正が必要。


もし認められない場合、デジタルのデザインの権利を認めるには、画像デザインは物品の一部であるという前提は維持したまま、現在の審査基準にある出荷時にあらかじめ記録された画像だけでなく、ネットワーク経由などで後にアップデートされたり追加される画像も保護の対象に加わるよう、登録の範囲を拡充する手があります。この場合、意匠法の「解釈」をアップデートするだけなので、法改正は不要です。

■Point■
画像デザインを物品に依存させたままの場合、現行意匠法の「適用基準」を変更して、保護範囲を拡充することは可能。ただし、クラウドサービスの画像デザインは対象外となるなど、制約がある。


時代はクラウド真っ盛り。このタイミングできちんと法改正を前提に議論を進め、未来の基盤を整えられればと期待していましたが、委員会では想像以上に反対の声が多くあがりました。

国内市場がメインで、インターフェースデザインなどに軸足をおいていない企業にとって、保護対象の拡充は、他社の権利侵害のリスクが増えることはあっても、事業機会には繋がらない。また、事前のクリアランス負担も増大するというのが主な反対理由でした。

議論を重ねて、法改正に向けて合意形成を試みるという選択もあったと思います。ただ、今回の意匠制度見直しには、もう一つ大切な変更が含まれていました。それは、海外での意匠権取得を容易にする「ハーグ協定ジュネーブ改正協定」への加入です(参考:「ハーグ協定のジュネーブ改正協定に基づく意匠の国際登録制度について」)。

法改正をめぐる議論が長引き、ジュネーブ改正協定への加入が遅れたり流れてしまうと、日本企業の機会損失が大きすぎる。そんなギリギリの判断が議論の背景に見え隠れしていたように思います。そのため、議論の途中段階で、ジュネーブ改正協定への加入は進めることと、一方で、画像デザインの保護範囲については、法改正を行う前に、まずは審査基準の見直しで対応可能な検討を進める方針が委員会で決まりました。

ジュネーブ改正協定は2015年5月からすでに実効されており、世界知的所有権機関(WIPO)を通じて日本、EU、韓国、米国を含む49の国への国際出願が一括でできるようになりました。出願の時間や手続きが、グンとスピーディーに。これは大企業だけでなく、地域から世界を目指すものづくりの中小企業やベンチャーにとっても、嬉しいルールのアップデートだと思います(参考:「平成26年度 意匠の国際登録制度に関する説明会テキスト」)。

肝心の審査基準の見直しについては、継続してワーキンググループで詳細な議論が進められ、画像デザインについて出荷時だけでなく、アップデートなどで追加される画像も登録対象に加えるという新しい方針が、2015年12月の意匠制度小委員会で承認されました。

これにより、競争がますます激化する「デジタルインターフェース」の領域において、創造性の高い成果物は、意匠登録という「ビジネス価値」として認められる基盤が広がることは、喜ばしいことだし、デザインに関わる人間にとって言い訳できない状況になったなと思っています。

またデジタルなデザインは、インターネットなどを通じて国境を超えて流通しやすいもの。今回のアクションを通じて、「デジタルのデザインも意匠の対象である」と世界のルールに一歩近づくことができたのも、重要な成果だと感じています。

※クラウドサービスについては、残念ながら、審査基準が変更されても、意匠権による保護の対象外となる可能性が高いだろうという見解が示されています(下記資料の72ページ以降を参照ください)。新しい審査基準は2016年4月1日から適用される予定です(参考:産業構造審議会知的財産分科会意匠制度小委員会報告書「画像デザインの保護の在り方について」(案))。

ルールづくりは「ヴィジョン」を生む

いいか、悪いか。単純そうに見えても、判断の多くは立場によって異なり、時に真逆にさえなる。私たちは、全く違う視点で物事を捉え、感じている人と共存している。普段は似た感覚の人と接することが多く忘れがちですが、「法」という、国全体に適用されるルールをつくるときに、その当たり前の現実に直面するのです。

多様な意見に耳を傾け、議論し、対峙し、調整しながら合意を形成し、新しいルールを作っていかなくてはいけない。でもそれは、妥協点を探ることとは似て非なるものだなと感じています。幕の内弁当のように、バラバラな意見を一つの箱に詰め込むのではなく、それぞれの立場や利害を超えた「ヴィジョン」を生み出す作業。それが「法」に関わることの醍醐味なのだと学びました。

いつの時代にも、社会を大きく方向づけ、変革をもたらすルールを生み出した人たちが存在し、今の私たちがある。そのことを忘れずに、また次の機会に挑戦したいと思っています。

(お知らせ)特許庁主催で、今年1~3月にかけて、全国11都市で、意匠制度改正に関する説明会を開催するとのこと。もし興味があったら是非参加してみてください。
詳細:http://www.seminar-reg.jp/isyou/2016/index.html

執筆者

Chiaki Hayashi

代表取締役林 千晶

1971年生、アラブ首長国育ち。2000年にロフトワークを起業。Webデザイン、ビジネスデザイン、コミュニティデザイン、空間デザインなど、ロフトワークが手がけるプロジェクトは年間530件を超える。書籍『シェアをデザインする』『Webプロジェクトマネジメント標準』『グローバル・プロジェクトマネジメント』などを執筆。2015年4月、森林再生とものづくりを通じて地域産業創出を目指す「株式会社飛騨の森でクマは踊る」を設立、代表取締役社長に就任。

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